コーチ・コンサルタントが「契約書」をキチンと固めておくべき理由を実際の裁判事例を基に解説します。

僕の事務所のクライアント様には、コーチング・コンサルティングと言ったビジネスを展開している方が多くいらっしゃいます。

 初期費用もほとんどかかりませんし、参入しやすいこともあり、新規ビジネスとしても非常に人気があります。

 ただ、参入が簡単であるがゆえに、なんとなく「法律とか気にしなくていいのかなぁ…」「このままでいいのかなぁ…」とモヤモヤしたままサービスを展開している方も多い印象があります。

 と言っても、「一体何から手を付ければいいのかさっぱりわからない…」という方がほとんどではないでしょうか。

 僕の考えを結論から言います。

 コーチングやコンサルティングと言ったビジネスの守りを固めるには、クライアントとの「契約書」を作り込むことが最初の一歩です。

 以下、僕がこのように考える理由を解説してみたいと思います。

 少し長く退屈かもしれませんが、コンサルティング契約を巡る実際の裁判例なども取り上げてなるべく具体的に・わかりやすく説明していくので、お読み頂けると幸いです。

 また、コンサルティングなどの無形商材ビジネスの守りをどのように固めていけばよいか?
ということが法的な視点から書かれた書籍等はあまり見当たらなかったので、ほとんどが僕独自の見解です。

 そのため間違いやお気づきの点等あれば、ぜひご意見等お寄せ下さると嬉しいです。
 それを活かしてさらに良いコンテンツにしていければと考えています。

1 はじめに
 コーチング・コンサルティングビジネスをされている方が一番恐れるのは「クライアントとのトラブル」ではないでしょうか。

 クライアントとのトラブルが起きてしまうと、受け取った代金の返金など利益に直結する問題が起こります。対応がまずければ消費者センターに駆け込まれたり、SNS・ネットで悪評を立てられたり…と被害が拡散してしまいます。
 何より、自分に依頼してくれたクライアントと揉めるというのは精神的にキツイですよね。

 したがって、「クライアントとのトラブルを未然に防ぐ」ということが、ビジネスの守りを固める上でのキーワードになります。
 
 では、コーチング・コンサルティングにおける「クライアントとのトラブル」は、何が原因となって起きるでしょうか。

 コーチング・コンサルティングは、相手方の何かしらの「問題の解決」を依頼され、そのための知識やノウハウを提供することが本質です。
 それは売上の増加であったり、人間関係、精神的なものであったりと様々です。

 しかし、これらの問題を実際に解決できるとは限らない、というのも否定し難い事実です。

 クライアント自身の取り組み方など様々な外部要因に左右されるので、どうしても「目標を達成できない人」というのは現れてしまいます。

 クライアントとのトラブルは、大抵はここに原因があります。
「受けてみたけど思うような成果が出なかった…」というケースです。

 では、これはどちらに責任があるのでしょうか?
 「何をどこまでやっていれば免責されるのか」という問題と言い換えてもいいでしょう。

 実はここに、契約書をキッチリ固めておくべき理由があります。

2 なぜ「契約書」が大事なのか?
 ここで、いったん視点を変えてみましょう。
 次のようなケースを想定してみてください。

 Aさんは、Bさんからコンサルティングを受けたが、十分なコンサルティングではなかったと言っています。
 これに対しBさんは、自分は十分なコンサルティングを提供したと言っています。

 さて、あなたが第三者なら、どうやって、何を基準にAさんとBさんの言い分を判断しますか?

 非常に難しい問題だと思いませんか?

 「十分だったか」というのは主観的な評価であり、誰が見ても同じモノサシで測ることが難しいからです。

 裁判になっても本質的には同じことが言えます。
 コンサルティングが十分なものだったかなんて本来は誰にも判断しようがないのです。

 そうは言っても、裁判官は何かしらの判断を下さなければなりません。

 では、何をモノサシにするか?

 その重要な要素が「契約書」なのです。

 抽象的な話をしてもつまらないしわかりにくいと思うので、
 近時の実際の事例を3つご紹介します。これを通して、「コンサルティングが十分だったかどうか」がどのように判断されるか、その際に「契約書」がどのような役割を果たすのか、見てみましょう。

3 近時の事例から読み解くコンサルティングを巡るトラブルの勘所

平成28年3月8日東京地裁判決(ウエストロージャパン 文献番号 2016WLJPCA03088019)

※内容を読むのが面倒だという方は、(ポイント解説)のところまで飛ばして頂いても大丈夫です。

(事案の概要)
 新規の業務提携先の開拓を目標として「業務支援コンサルティング契約」を締結(to B)。
 しかし、結局業務提携の最終契約に至らなかったことなどから、コンサルティングが不十分であったなどとして、既払代金の返還を求めて提訴。

(結論)
 コンサルティング会社の勝訴

(裁判所の判断の概要)
 まず、「契約書」を基に、以下の帰結を導いています。
 ・コンサル会社の主要な業務は「事業計画書作成支援」と「提携先候補の選定・候補の紹介」であった。
 ・「提携先候補の紹介」については、あくまでも紹介までが義務であって最終契約の成立は義務ではない

 これにより、コンサル会社が負っていた契約上の義務を明らかにした上で、それが果たされたと言えるのか、次のように分析しています。
 ・コンサル会社は、クライアントの事業計画書を示したり、商品を持参したりして東証一部上場企業を含む数十社にアプローチして提携先候補の選定に努めた。うち数社は業務提携に関心を示し、クライアント側の役員も交えての面談も行われた。
 ・クライアント側が望むような提携先の提案がなく、最終契約の成立までは至らなかったとしても、最終契約の成立はコンサル会社の義務ではないから、コンサル会社としては契約上なすべき努力は尽くした

 以上から、事業計画書作成支援・提携先候補の選定・紹介ともに契約上すべきことは尽くしたと言える、と結論付けています。

(ポイント解説)
 本件はまさに、「クライアントが望む成果」(クライアントが望む企業との提携契約の成立)が出なかったため、「コンサル会社の支援内容が不十分であった」として訴えたという事案です。

 裁判所は、コンサル会社が「契約上」「何を」「どこまで」する義務があるのかを明らかにしたうえで、実際のコンサル会社の活動を詳細に検討し、「契約上果たすべき業務は尽くしたから、結果が出なかったとしてもコンサル会社側に責任はない」との結論を導いています。

 ポイントは、「契約上何をどこまですべきだったか」という点は、「契約書」の記載から導かれているという点です。
 乱暴に言えば、契約書には候補の選定・紹介とまでしか書かれていないから、最善を尽くした以上は最終契約に至らなくてもコンサル会社の責任ではない、ということです。
 もし契約書に「最終契約の成立までを業務とする」と思わせるような文言があった場合、判断は全く違ったものになっていた可能性もあります。

 「契約書」の内容がいかに大事か、雰囲気くらいは伝わりましたでしょうか。

 より詳しく見ていくために、もう一つ「契約書」の記載が明暗を分けた事例を見てみましょう。

・令和2年3月24日東京地裁判決(ウエストロージャパン 文献番号 2020WLJPCA03248041)

(事案の概要)
 フランチャイズ本部構築を目標として「顧問コンサルティング契約」を締結(to B)。
 しかし、FC化が思うように進まなかったことから、FC化に向けたコンサル会社側のフォローが不十分であった、などとして代金の返還を求めた。

(結論)
 コンサル会社側の勝訴

(裁判所の判断の概要)
 一つ目の事例と同様、コンサル会社は契約上なすべきことは尽くしており、クライアントが望む成果(フランチャイズ化の成功)が出なかったとしてもコンサル会社に責任はない、との結論を導いています。
 この事例では、特に「契約書」の記載が勝敗を分けたと思われますので、その点を中心に解説します。

・「顧問コンサルティング契約書」というタイトルであり、契約の目的にもフランチャイズ本部構築の「支援」を行うと明記されていた。
・コンサルティング業務は2ヶ月に3回、1回当り2時間以内の会議の開催により実施するものと明記されていた。
・基礎的・包括的な顧問コンサルティングであり、FC化に必要なマニュアル類や契約書他の成果物の完成を約するものではないと注記されていた。

 裁判所は、「顧問」「支援」の文言、「完成物の納入を約するものではない」との文言から、コンサル会社が果たすべき契約上の義務は、定例のコンサル会議を通してクライアントに対して提案・アドバイスを行ったりすることに集約されると判断しました。
 つまり、FC化の実現というクライアント側の望む成果が出なかったとしても、それだけではコンサル会社側は責任を問われないということです。
 この点は、1つ目の事例と同じですね。

 もう1点、重要なポイントがあります。
 クライアント側は、「FC化の実現に向けてコンサル会社の担当者がクライアント社に常駐するなどの手厚いフォローをすべきだった」との主張を展開しました。
 これに対して裁判所は、コンサルティングの進め方が「会議の開催によるものとする」と具体的に明示されていることを理由に、クライアント側に常駐すべきだったという主張は契約上の義務を超える業務の履行を求めるものだとして一蹴しています。

(ポイント解説)
 1つ目の事例と同様、契約書からコンサル会社はクライアントが望む成果を出すことまでは契約上の義務ではないと導いています。

 加えて、コンサルティング業務の実施方法についても契約書の定めに基づき、「定例会議の開催」を超える業務を実施すべきだったとする主張が退けられているのが特徴的です。
 実施方法についても契約書に盛り込んでおけば、有利な事情として働くということがお分かりいただけると思います。

 さて、ここまでは法人向けのコンサルティングに関する事例を見てきました。

 しかし、今やコンサルティング・コーチングは個人を対象とするものも広く行われています。
 そこで、今度は個人へのコンサルティング契約に関してトラブルになった事例を見てみましょう。

・令和元年8月8日東京地裁判決(ウエストロージャパン 文献番号 2019WLJPCA08088001)

(事案の概要)
 起業を目指し、新規事業の商品化を目的とする「プロデュースプラン契約」を締結。
 しかし、思うような売上が上がらなかったため、代金に見合ったコンサルティングではなかったなどとして代金の返還を求め提訴。

(結論)
 コンサル会社側の勝訴

(判断の概要)
 この事例でも、コンサル会社側は契約で定められたサービス(資料・マニュアルの提供や個別面談)を問題なく実行していました。そのためか、クライアント側は少しアプローチを変えて、「コンサルティングには高額の代金を支払う価値がなく、詐欺である」というような主張を展開しました。
 理由の一つは、「元が取れる」、「知識や経験がなくても成功できる」と言われて契約した、というものです。

 これに対し裁判所は、コンサル会社側が、契約前(無料相談の際)に、クライアントが検討している分野は起業が難しい分野だと説明したという事実を認めて、詐欺等には当たらないとしました。

(ポイント解説)
 契約書を起点にコンサル会社側の義務を導き、それが尽くされているか判断するという本質的な過程は法人向けの契約と変わりません。

 ただし、個人は法人と比べて知識が十分でない場合があるので、特に契約勧誘時にどのような説明をしたかが重要な意味を持ってきます。
 結果を保証するかのような言動や「元が取れる」というようなセールストークは、典型的なトラブルの種です。
(特に消費者相手にこのような言動は「消費者契約法」「特定商取引法」に抵触する可能性があります。これらの法律は個人向けのコンサルティング・コーチングを展開する際には必ず知っておきたい法律なので、別途解説します。)

 本件のコンサル会社は、「起業が難しい分野」であるなどときちんと説明をしていたことが決め手となり、勝訴しています。

 それと、この判決は痒い所に手が届くというか、上手い言い回しがいくつか見られます。
 万一クライアントから苦情を言われたときの反論材料として役立つかもしれませんので、要約して紹介します。

提供されたノウハウはネットで無料で入手できるものばかりだったとの主張に対して)
 ネットで無料で入手できる情報であったとしても、コンサルタントが有益と判断する情報を集約して提供されることにより、自ら情報を収集し、取捨選択するための時間と労力を省力化することができる。この点に情報商材としての価値を見出すことができる。

他のコンサルタントのやり方と違う上に金額も高いとの主張に対して)
 コンサルタント側がいかなる部分に対する提案や助言を重視していくのかという点については様々な見解や手法があり得る
 他のコンサルタントの見解や手法と異なるからと言ってそのコンサルタントの手法が誤りということはできない。また、コンサルティングの価値を客観的に算定することは困難であり、他のコンサルタントとの比較をもって価値が低いということもできない

4 まとめ
 長くなってしまいましたが、3つの事例を紹介しました。
 なんとなくでも、裁判所が「コンサルティング」を巡るトラブルにどのように向き合うのかを掴めて頂けていれば幸いです。

 クライアントは、「コンサルティング・コーチングそのもの」が欲しいわけではなく、受けた先にある「成果」「問題の解決」を欲しています。

 いずれの事例も、クライアントが「成果」を得られなかったことは「コンサルティングに問題があったからだ」として訴えたというものです。

 いずれも、契約書の内容から導かれた「コンサルタントが契約上果たすべき義務」が重要な判断材料となっています。
 「何を」「どうやって」「どこまで」サポートするのかということを契約書で明記しておくことは非常に重要なのです。

 この点、「業務の内容」はあまり書かれておらず、「結果について一切の責任を負いません」という一方的な免責条項だけが入っている契約書を見ることがあります。

 もちろん免責条項は大事です。しかし、そもそも「何を」「どうやって」「どこまで」行うものなのかコンセンサスを得ることなしに一方的に免責条項を主張したところで、クライアントは納得できるでしょうか?

 裁判になったとしても同様です。紹介した3つの事例は、いずれも「何を」「どうやって」「どこまで」サポートするか、きちんと契約書に明記されており、それが尽くされているケースだということを忘れてはなりません。

 「免責条項」や「結果の保証の否認」さえ入れておけばOKというような単純な話ではありません。
 コンサルタントが「何を」「どのように」「どこまで」行うのかというコンセンサスとセットになることで効力を発揮するものなのです。

 契約書に明記してクライアントと合意をするというプロセスは、何も免責のためだけにあるものではありません。クライアントにとっても有益なことだと思います。

 コンサルティングはあくまでも「支援」「助言」であり、成果を出すためには自身の努力が不可欠であることを自覚してコンサルティングを受けることができるきっかけになるからです。
 正しい姿勢でコンサルティングを受けた方が、きっとクライアント側にも利益が大きいはずです。

 契約書の内容をきちんと固めておくことは自社を守るだけではなく、相手のためにもなることです
 ひいては自社のサービスをより良いものにする一つの手段だと僕は信じています。

 少し説教臭くなってしまいましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。

 もし、コンサルティングやコーチングビジネスをされている方で、
 「契約書巻いてないから作らなきゃだめだな」
 「今使っている契約書をもう一度見直してみよう」
 と思われた方は、ぜひ当事務所にご相談を頂ければサポートさせて頂きます。

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